京都大学 理学部 合格体験記|「必然性」を考えて合格!

僕はもともと、ビビリだった。

でも今は、みんなから「チャレンジャーだね」って言われる。



なにが僕を変えたのか?

そう、大学受験をとおして、僕は生まれ変わった。

高校生の頃は、雲のうえの、はるか彼方にあると思っていた、京都大学の最難関・理学部合格を果たした時から。



いや、正確に言えば、浪人を決めたときから、僕は別人になっていたのかもしれない。

それぐらい、僕にとってはおおきな経験だったから。
受験も人生も、チャレンジを忘れた時から、つまらなくなると思う。

僕の受験生活は、本当に挑戦の日々だった。



一日も、息をつく間がなかった。

もちろん、そんな濃密な日々を送ることができたのは、勉強だけに没入没頭できる〝最高の受験環境〟を与えてもらったからだ。



もともと僕は、関西の有名大学の附属高校に通っていた。

ほとんどの生徒は、内部進学。



勉強しなくても、卒業さえできれば一流大学にエスカレーター式に進めるのだから、そのおいしい環境に甘んじていたら、なんの挑戦もいらない。



僕は、そんなメンツに囲まれた高校生活が、退屈だった。

勉強なんて、つまらない。やる気しない。



まったくと言ってよいほど受験勉強にはノータッチ。

ただ毎日、部活に明け暮れていた。



高校時代に自慢できることといえば、卓球部の練習を365日、休まなかったことぐらい。

そのかわり、試験の成績は、笑ってしまうくらい、さんざんだった。



でも、高校3年生になり、部活も引退したら、もう勉強からは逃げられない。

このまま、内部進学しても、おもしろくない‥。



かといって、勉強するのはもっとイヤだ。

そんな踏ん切りの悪い気持ちを抱えて、ただ、月日だけが過ぎていった。



そんな時、ある一冊の本のことを思い出した。

高校一年生のときに書店でたまたま見つけた、『E判定からの大逆転勉強法』だった。

その本を読むと、不思議な感覚になれた。



ホッとするような安心感があって、勉強する気が起きない時も、読むとやる気が湧いてくる。

読むたびに、新しい発見があった。

どうせ受験勉強をするなら、この「ミスターステップアップ」って塾に行ってみたいな‥。



そんな気持ちが、日に日に募(つの)っていった。

兵庫にある実家から、電車で2時間くらいか‥。



通えなくはない。

はじめは、ただの妄想だったけれど、だんだんと現実味を帯びてきた。



よし、親に頼んでみよう!



意を決して、親に気持ちを打ち明けた。

するとすんなり、OKしてくれた。



やった! これで入塾できる!



実際にミスターステップアップに足を運んでみると、僕のイメージを超える空間が用意されていた。

僕の直感は、正しかった。



365日、24時間、自分専用の自習机。



しかも早朝から夜遅くまで、ずっと使えるのがありがたい。

塾内はいつも、すみずみまで掃除されていて、これまで何人もの受験生が戦ってきた歴史は感じるのに、いつも空気は新鮮だった。



塾の食堂「ゆにわ」の食事も、食べたことがないくらいおいしい。



毎日ちがうメニューで、食べるたびに元気になれた。

作ってくれるスタッフの方々も、みんなやさしくて、笑顔がキレイだった。

そして、頼もしい村田先生、柏村先生。



こんな恵まれた環境でやるからには、誰にも負けたくない。

もう、本気になるしかない。

もともと、負けず嫌いの性格に、火がついた。



宣言文で迷いを消す

先生方に、合格までの道すじを立ててもらい、僕の受験勉強がはじまった。



高校3年間、ずっとさぼってきたから、実力はない。

本当にゼロからの戦いだった。

でも、不思議とセルフイメージは高かった。



とにかく、猛烈に勉強した。

自分を高めることだけに、こんなに集中できる時なんて、今しかない。



ずっと勉強だけに打ち込めることが、ただ楽しかった。

みるみる成績は伸びて、同志社大学や、大阪府立大学に現役合格した



親も、友達も、みんな周りは、おどろいていた。



「すごいね! やればできるじゃん!」

「まさか、お前が受かるなんて」



でも‥、僕は不満だった。





結果への不満じゃない。



まだ、限界を超えていない自分への〝憤り〟だった。

この勉強法に出会える受験生は、限られている。



自分は幸運にして、それを知ることができたけど、まだ、やり残しがあると感じていた。

僕は、親と先生に、泣きながら頼んだ。



「自分はまだ、限界じゃない。

あと一年! あと一年あれば、もっと上を目指せる気がする。

だから、どうかやらせてください! お願いします!」



こんなに本気で、人に頭をさげたのは、人生ではじめての経験だった。

浪人したからといって、だれでも必ず成績が伸びるわけじゃない。



現役のころより、モチベーション維持もずっと難しい。



そのことは知っていた。

事実、浪人したけれど、結果は現役の時と変わらなかったり、むしろ下がってしまう例は、たくさん見てきた。



でも、いちど火がついた思いは、止まらなかった。



「せっかく合格したのに!もったいない!」

「後で後悔するかもしれないよ?」



そう言われても、挑戦せずに後悔するより、後悔のないところまで挑戦したかった。

僕の思いを汲みとってくれた親と先生は、浪人を許可してくれた。



ただし、勝負はこの一年しかない。自分でもそれはわかっていた。



そして浪人すると同時に、僕は「限界突破コース」に移った。

さらに親元を離れて、塾から徒歩1分のところに部屋を借りた。



はじめに、先生に呼ばれて、一緒に「宣言文」をつくった。



それがこの文章。



僕はこれを、毎朝、欠かさず声に出して読んだ。

まるで、覚悟を試す儀式のようだった。



「合格できるか、できないか‥」という迷いは不思議と消えた。

「合格する」という意志しかなかった。



オリジナルノートで天才になる

それから、1日15時間以上、自習机にはりついた。



たまに、ごはんを食べるのも忘れてしまうほど、集中できた。



こうなると、ほかの受験生も、気安く話しかけてこなくなった。

よく「勉強する気持ちはあるけど、友達から話しかけられて、邪魔されるんです」と相談している受験生がいたけれど、気迫で追い返せば、しぜんに話しかけられなくなる。

これはノウハウじゃない。



気迫の問題だ。



勉強は日増しに、勢いづいた。

自分の苦手分野、できない問題は、徹底的に追い詰めていった。



あと一歩のところで難問が解けなかったり、ツメが甘くなってしまう原因は、この作業が足りていないからだと思う。

たとえば数学。



『合格!実力アップ問題集』(マセマ出版社)という参考書を反復していた。

数学ⅠA・ⅡB・Ⅲの三冊あわせて、入試問題が約420問。



はじめのうちは、わからない問題を飛ばしても、一冊あたり一時間以上かかった。

でも、どんなことがあっても、毎日反復していくと、一問、また一問と、確実にできる問題が増えていった。



夏頃から加速度がついた。

最終的には、数学の全範囲、ⅠA・ⅡB・Ⅲを、30分で一巡できるようになった。

セルフレクチャーして、問題を見た瞬間、ひとりごとのように解答を言う。



1問あたり約5秒。

隣で聞いていても、早すぎて何を言っているかわからないと思う。



でも、頭の中ではちゃんと数式が動いていた。

そうやって反復する中で出てきた弱点を、一冊のノートにまとめた。



情報は圧縮することが大事だから、ものすごく小さな字で書いたり、縮小コピーして貼りつけた。

全教科まとめて、一冊にまとめるのがコツだと教わった。



やってみると、その理由がわかった。

どんどん、どんどん、自分の弱点がその一冊の中に集まっていく。



まるで、何百時間、何千時間という勉強の歴史が、すべて凝縮されていくようだった。

たとえば、見開き一ページの中に英語なら入試頻出の表現が詰まった126の例文数学なら『合格!実力アップ問題集』の解法のポイント128個京大過去問の縮小コピーを5年分。



ノートを開けただけで、英語の全範囲、数学の全範囲、過去問のすべてを見渡せるのだから、まるで仙人にでもなったような気分だった。

その1ページから思考を派生させたら、すべて思い出すことができた。



これは、すごすぎる。

これが天才の考え方なのか!



僕はそのノートを「チッチくんノート」と名づけた。

それこそ一日中、肌身はなさず近くにおいて、ひたすら反復した。



僕のお守りであり、頼もしい相棒だった。

もはやこうなってくると、勉強している時間と、そうでない時間の境目すらわからなくなっていった。



それくらい、受験勉強と一体化していた。



もちろん、自分ひとりでは超えられない壁もたくさんあった。

数学と理科は、もともと好きな教科だっただけに、はじめは〝なんとなく〟の感覚で解いてしまっていたことがわかった。

‥というより、村田先生が、見事にそれを見ぬいてくれた。



「だから、点がとれる時、とれない時の浮き沈みがあったんだ!」

その原因がわかったのは,すごい発見だった。



どの教科も、「なぜこの問題は、この解法で解くのか」という必然性を考えることが大切だと知った。

どんな秀才でも、どこかで成績が伸びなくなる時期を迎える。

それは、センスや才能にまかせて〝なんとなく〟問題を解いているからだ。



僕はもともと、秀才じゃない。

だからこそ、自分の弱点をひとつひとつ、徹底的に追いつめて、つぶしていく作業を大事にした。

その努力の甲斐あって、京都大学の入試本番ですら「この解き方で100%間違いない」と自信をもって解けるようになった。

この塾で教わったとおり、最終的に勝敗を分けるのは、熱意と根性の差だと思う。



どれだけ妥協なく、必死にやれるかどうかで決まる。

あとは、自分の可能性を信じること。



凡人でも、秀才を超えられると、疑わないこと。

僕は自分の自習机に、おもしろいものを貼っていた。



そこには、ガリレオ、ニュートン、ボーア、フロイト、アインシュタイン‥

だれでも知っているような過去の天才たちの写真を貼った。



その中に〝自分の写真〟も並べて貼って、下にはこう書き加えた。

「日本を変えた天才・古市圭(京都大学・理学部卒)」と。

半分、悪ノリ。でも半分は、マジだった。



そんな過去の天才たちは自分の手の届かないところにいる存在だ‥。

もし、そのような思いが、わずかでもあるなら、それが、あなたが作りだした〝限界〟という名の幻想だ。



勉強とはそれを、破壊することだ。

合格よりも価値のあることを見つける



それでも正直、入試本番の一週間前ともなると、緊張で食事も喉を通らなかった。

積み重ねてきたものが大きかっただけに、怖かった。



それが崩れたら、どうなるのか‥。

でも、ゆにわのごはんを目の前にすると、やっぱり食べることができた。



だって、おいしいんだから、仕方ない。

そして、食べるとじんわり、安心感に包まれた。



僕は最後の最後まで、信じることができた。

自分の可能性と、この勉強法を。



そのギリギリのところを支えてくれたのは、講師とスタッフの皆さんだった。

受験当日の朝、日が昇る前からお弁当を用意してくれて、全員であたたかく見送ってくれた時は、しょーじき涙が出そうだった。



でも、泣いてる場合じゃない。



これから、戦に出るんだ。

あの応援は、本当に頼もしかった。



受験会場についても、まるで自分のまわりだけ光に包まれていて、守られているように感じた。

本当に、ありがとうございます。



絶対に、自分なら大丈夫だ。

その安心感のおかげで、これまでの努力のすべてを、出しきることができた。



京都大学・理学部合格。

こんな受験生は少ないのかもしれないけれど、合格通知を見ても、飛び上がるような喜びはなかった。



それよりも、一年間の受験生活で経験した充実感のほうが、勝っていたから。

自分にとっては、そちらの方が価値があった。



今までの人生の中でも、ダントツに濃い時間を経験させてもらった。

これで、「あともう一年やりたい」なんて言ったら、さすがに親も先生も、ぶったまげたと思うけれど(笑)、さすがにそれはしなかった。

もう、悔いはなかったから。



高校生までの僕は、いつもなにかに怯えていた。

入試どころか、学校の定期テストですら、緊張して夜眠れなかった。



試合の前は、食欲がなくなって、なにも食べられなかった。

ずっと、失敗するのが怖かったんだと思う。



でも、ミスターステップアップで学んで、失敗することよりも、なにも挑戦せず、悔いだけを残すことの方が、ずっと怖いっていうことを教えてもらった。

それ以来、どんな壁があらわれても、どんな試練があっても、僕の人生は喜びでいっぱいになった。



いや‥、むしろ、壁や試練があるから、本当のしあわせに出会えるのだと知った。

こんな受験生活を、みんなにも体験してほしいと思い、僕は今、ミスターステップアップで勉強を教えるようになった。



あなたにも、限界の向こう側を、見てほしい。