自分のことが心から好きになれて、大逆転合格を手にした一年間
ミスターステップアップに来るまで私は自分が大嫌いだった。
「なんで自分みたいな何の取り柄もない人間がいるんだろう?」って思ってた。
だから現役生の時も「どうせ自分なんて…」て思って自分に諦めてばっかりだったから、受験に失敗してこの塾に入った。
一年前、この塾の資料を取り寄せて、合格体験記を読んで驚いた。
みんな「人生が変わった」て言ってた。
そんなことある??と思いつつ隅々まで読んだ。
なんかこの塾がいい!と思って入塾した。
入ってすぐわかったのは、ここの人たちの温かさ。
特別な何かが、あったとかではないけど、肌感覚で感じるもの。
来てすぐ「ここで1年間頑張りたい!!」って思った。
塾の空間といい・・・
人が接してくれる感じといい・・・
まるで家に居るような安心感といい・・・
すごい居心地が良かった。
無条件に私の合格を信じてくれる先生とも出逢い
先生たちと仲良くなるオリエンテーションの綾部合宿で、焚き火を囲んでみんなで話合う時間があった。
そこでみんながそれぞれの過去を話して、こう変わりたいって言う話をした。
私は特に際立った才能がなく、自分のことが好きになれなかった。
現役のときも、セルフイメージがめちゃくちゃ低くて
「どうせ自分馬鹿だしな。」と志望校をどんどん下げていった。
結局、合格すると思っていたMARCHも全落ちした。
「これが私はできる!」みたいなのもなくて、
自信がもてなくて、他人と比較して、落ち込むというのを繰り返していた。
そのことを先生に話した。
そのことを話していくうちに涙が溢れてきて、村田先生に
「自分のことがスキになれません。なんでこんな自分で生まれてきたの?って思ってしまいます。どうしたらいいですか?」
と話した。
そしたら、
「今までの人生はどうだったか知らないけど、でも僕たちは絶対あなたを受け入れるよ。だから1年一緒に頑張ろう。誰かと一緒に何かを乗り越えたって言う経験があれば、人は強くなれるよ」
って話をしてくれた。
その時の言葉だけじゃなくて、空気というか雰囲気がほんとにそう思ってくれてるって感じられて、先生たちを信じようと思った。
自分に自信を持てないけど、ここには、
自分の合格を信じてくれている先生がいる。
過去問とれているからとかではなく、先生が、
無条件に私の合格を信じてくれているのが伝わってきた。
だから、自分の未来を信じることができるようになって
自分のことが、どんどん好きになっていった。
現役のときは、「関西大学でもいいかな。」と安易に志望校を下げていたけど、
その日をきっかけに、志望校を下げようとは思わなくなった。
その日をきっかけに私は村田先生が大好きになった(笑)
英語の偏差値が10上がったと確信した日
直前期はよく、よなたんのところに行って、よなたんの英語の感覚をインストールしようと思って頑張ってた。
英語の基礎知識は入ってるけど、それを全然読解にいかせてなかった。
12月の時点でも同志社の過去問で6〜7割しか取れなくて時間もオーバーしていた。
直前期なのに全然取れなくて、本当に胸を締め付けられながら死にそうな顔で、よなたんのところに持っていったら、よなたんは「いやいや、ここ見ればよかっただけじゃん!」って、いとも簡単に解いて見せた。
「なるほど!!」ってなって、その解き方を何回も反復して「次はいける気がする!!」と思って解いたら、やっぱり取れなくて、またよなたんのところに泣きながら持って行くってのをよくしてた(笑)
そうして向き合っていくたびに、どんどん感覚が入ってきて、どんどん読めていっているのが分かった。
毎回行くたびに、絶望から光に変えられるような気持ちで、よなたんのところに過去問持っていくのが大好きだった。
でもある日、久々に関西大学の英語を解いたら6割しか取れなくて「え!?こんなことある!?」ってなって、自分なりにきちんと直しをしてよなたんのところに持っていった。
そしたらよなたんに「こんな中途半端な直しでオレのとこ持ってこないで。全然ちゃんとやってないじゃん。」と、めっちゃ怒られた。
その時も大号泣して、「こんなに直してちゃんと向き合ったのに、よなたんは全然わかってくれないんだ…」って家に帰ってからも泣いた。
それでも向き合うしかないと思って、次の日に直しをもう一回した。
そしたら、よなたんの言う通りだった。
その直しが、いかに自己満足的で中身が無いものか思い知った。
今思えばいつの間にか「読めるようになってきてるな」っていう自信が邪魔をして「この今の私が6割なら誰も解けないやろ」てすごく傲慢な考えになってた。
そして、その直しをしているときに私は、英語にも現代文にも古文にも通じる、読解の上で大切なことに気づけた。
また、もう一つ、よなたんに言われたのが、
「同じ間違いを繰り返している。
自分の負けパターンを意識するために、まとめたほういい。」
ということだった、そこから私は、
オリジナルの負けパターン集
を作り、繰り返し反復して見返すことで、
同じ間違えをしなくなり、次の課題へと進むことができた。
・どのプロセスで間違えたのかを徹底的に突き詰めて考える
・負けパターン集を反復学習する
この2つができるようになったときには、
ほんとに偏差値が10上がった気分だった。
そして、よなたんに超興奮しながら報告したら、
すごいうれしそうに聞いてくれた。
「もう俺の出番はない!おめでとう!!もういけるね!」て言ってくれた。
その時すごい「幸せだな」って思った。
そこからはもう、むやみに、よなたんのところに行かず、超絶質問を高度にしてから持っていった。
そしたら、その質問に答えてもらうたびに、よなたんの勉強会に出るたびに、偏差値がどんどん上がっているのがほんとにわかった。
そこからは感覚のインストールがいかに素晴らしいことかを証明するために、自分が受かるしかないと思った。
その思いが実り、現役時代、結構頑張ったにもかかわらずマーチ全落ちした私が、同志社大学に合格できた。
それはどんな時も、私に可能性を見出してくれて信じて厳しく指導してくれた、よなたんのおかげだと思ってる。
本当に、ありがとうございました。
自分の弱さと泣きながらも向き合った日々
私は柏村先生のことが最初はすごく苦手だった。
表情一つ変えず、たんたんと私のイタイところをついてくるから「この人いや!!」と思ってた。
でも、私の誕生日からその印象は一変した。
15分くらい話をしてもらったのだが、その時に「いい子やな」って言ってくれた。
その時、私はすごくセルフイメージが低かったから、「こんな私をいい子って言ってくれる人なんているんだ…」と思って、何だか今まで出会った人たちのように、表面的に私を見るんじゃなくて、「私」を見てくれる気がした。
その日を境によく先生のところに行くようになった。
それで気がついたのは、先生がいかに私たちを思ってくれているかどうか。
確かに表情は全然変わらないし、表現はねじれてるけど、その裏にあるメッセージを受け取れるようになってからは、先生とお話するのがすごく好きだった。
直前期の柏村先生の会は本当に何回も泣いた。
「こんなにも私たちの成長を願ってくれているんだ…」
とか
「そんなふうに私たちのことを思ってくれていたんだ…」
って感じる度に涙がとまらなかった。
前期の入試の前日と最終日も、メッセージをもらったときは、どっちも大号泣した。
頑張ろうって思った。
その気持ちに応えたいって思った。
でも絶対受かると思っていた関西大学は、2つ受けてどっちも不合格だった。
合格最低点とは20点近く差があった。
かすりもしない不合格だった。
そして同志社の一番手ごたえがあった学部も、その日に発表で、11点足りなくて補欠合格だった。
最初は信じられなかった。
でも時間が経つにつれて「これは現実で起こってることなんだ…」と思うと、涙が止まらなかった。
ひたすら「あんなに頑張ったのに…」「あんなに向き合ったのに…」っていう思いが出てきた。
でもそれで散々泣いた後は、柏村先生に対する申し訳なさで押しつぶされそうだった。
「こんなにも、支えてくれて、信じてくれて、待ってくれていたのに…」と思うと、辛すぎて泣きながら英語の音読をしたのを覚えている。
でもその時、柏村先生に
「自分の思い通りのストーリーにならないから、だめって言うわけじゃない。むしろどういうストーリーになったのかに本質があるんだよ」
て言ってもらった。
もう立ち上がるしかないんだと思った。
その後に「後期に向けて」と言う会があって、後期の立命館で合格した人たちの話をたくさん聞いた。
その会の後に、弓場さんに、「ぶっちゃけ、なんで自分関大がだめだったかわかってなくて…」と言ったら、
「だって寂しさとか不安と、ちゃんと自分で向き合ってなかったでしょ?それを紛らわすために人とおしゃべりしてたよね?その姿が受かる受験生に見えなかったよ」
ってズバッと言われて、その通りすぎて、ただただ過去の自分を悔やむことしかできなかった。
でもその後に弓場さんが、「でも今からちゃんと向き合ってたんたんとやれば、絶対大丈夫だから。だからいつでも飛び込んでおいで!」て言ってくれて、もっと泣いた。
もう残り期間だけでも、ちゃんと向き合うしかないと思った。
そして、どんどんやる気が高まっていって、「やるぞ!!」ってなった日に、同志社の神学部の合格発表があった。
まぁもう絶対落ちるやろうし、パッと見て勉強しようと思ってみたら、まさかの合格していた。
その時は何の嬉しさもなかった。
むしろ、こんな中途半端な自分で合格してしまったことが、情けないと思うほどだった。
「こんなに結果よりプロセスやって言われてたのに、自分ほんと何してんだろ…」という思いでいっぱいで、弓場さんとも話して、せめて後期まででも走り抜くと約束した。
そこからはひたすら自分と向き合う日々。
どんどんセルフイメージが下がっていく日々だった。
「なんであの時逃げたんだろう…」
「こんなにバイブル本が完璧になっていないなんて…」
塾では必死にやっていたけど、家に帰ってからはひたすら落ち込んでた。
それでも、弓場先生の言葉を信じて、
後期まで走りきった。
終わって柏村先生のところに行った。
何も言葉にしていないけど、涙であふれた。
ただただ「ありがとう…」と言う思いだった。
1年振り返って、「やり切った!!」とも思わない。
もっと頑張れたと思うし、もっと自分と向き合えたと思う。
正直、二浪を考えたくらい
「それは、志望校に合格できなかったからではなく、
一年間でやり切れなかった。(全力をだしきれなかった。)」
という悔しい思いがあったからだ。
それを村田先生に相談したときに、
「その悔しさは持ち越してもいい。
その悔しさがあるから、次に頑張れる。」
と言ってもらえた。
そのときに、
「そっか。大学に行って、もっと頑張ったら、そこにはもっと素晴らしい
自分がいるはずだ。まだ、会ったことがない未見の我に出会いたい。」
そう思えるようになった。
一年間ありがとうございました。
私のお気に入りの場所
それは、リビングの八角形テーブル。
あの大きさといい、座り心地といい、大好きだった。
毎日そこで勉強していた。
ある日入試から帰って、いつも通りそこに座ったら、まるでそのテーブルから
「おかえり!」
って言われてるみたいで
「た、ただいま…!!(涙)」
ってなったことがある(笑)
皆もぜひ座ってみてほしい。
愛情を受け取ることのすばらしさを、今度が自分が伝えていきたい
「どんな1年だった?」て言われたら、私は「泣いてばかりの1年でした(笑)」って言うと思う。
自分の弱さと向き合わなきゃいけないからってのもあったけど、先生たちの熱い思いに触れると、涙が止まらないことがたくさんあった。
私のことを学力とか見た目とかスペックで見ることも全くなかったし、どんなにひどい態度で、ひどい言葉を言っても、ずっと見放さずに私たちの可能性を信じ抜いて、ずっとずっとそばにいてくれた。
ずっと愛情をかけてくれた。
ずっと見守ってくれた。
その思いを受け取るたびに、涙が止まらなくて、「どうしたら恩返しできるかな?」ってずっと考えてた。
やっぱりそれは、毎日一生懸命勉強して、合格することだと思った。
もし合格できてなかったとしても、先生たちは「恩返ししてないだなんて思わないよ?」て言うだろうけど、でも絶対合格して、先生たちを喜ばせたいと思った。
そういう風に勉強してたら、いつの間にか合格を手についた。
そして、この1年で私は、すごく自分のことを好きになった。
こんなふうに「人のために勉強できた自分で素敵じゃん!」って思えるようになった。
でも、それは先生たちが、どんなときでも私に向き合ってくれたから。
私を信じてくれたからだと思う。
今後はここで受け取った愛情を、誰かに伝えていきたい。
私と同じような子を、私も愛して導けるような人になりたいと思う。