立命館大学(理工)・兵庫県立大学☆合格☆増本泰人くん

〝全落ち〟した高校時代と一浪目。

私は高校時代、

地元で〝進学校〟と呼ばれるところに通っていました。

しかし、周囲のレベルがあまりにも高く、

授業についていけないことから、心身ともに打ちのめされていました。

最初は学校行事や部活動などをがんばっていましたが、

次第に、

「人が信用できない」

「努力しても報われないんじゃないか?」

といった具合に、学校や社会に対して、劣等感を抱くようになりました。

その結果、

〝人に頼る〟といったことをせずに

〝自己流〟を貫くようになり、

学校での成績は下から3番目が定位置となりました。

さらに、現役時代は

センター5割で神戸大学に特攻という、

何とも無謀かつ愚かすぎる行動に走りました。

何の計画性もなく受験勉強をした結果、

現役時は〝全落ち〟しました。

その後、一浪目の時に、

ある予備校に通うことになり、寮生活を始めました。

最初は、現役時の結果があまりにもひどかったので、

「応援してくれる人たちのためにがんばろう」

という気持ちで行きましたが、

予備校に通って1カ月もしないうちに、コロナが全国的に流行し始め、

予備校が休校になってしまいました。

そのため、寮内で勉強して、生活するという、

完全な寮生活になりました。

寮生活はルールが厳しく、つらい日々が続きました。

例えば、予備校が始まっても、

7時起床、17時までに帰宅といった規則を守る必要があったり、

コロナのために、外出規制があったり。

ルールを守ることができず、

呼び出されて叱責されるといったこともありました。

私自身の勉強法もよくはありませんでしたが、

安心して勉強することができず、

一浪目も〝全落ち〟しました。

ミスターステップアップとの出会い

そんな心身ともに疲れ果てていた私を見かねたのか、

弓場さんとよなたんのYouTubeを見た父親が、

大逆転勉強法の本と

ミスターステップアップの塾紹介DVDを見るように勧めてきました。

その紹介DVDを見たとき。

ピンとくるものがあり、

入塾説明会に父親と一緒に行きました。

その時の感動は今でも忘れていません。

まず、塾の雰囲気が違う!と思いました。

入っただけで、

その場にいてエネルギーをもらえるような、

自分にとって魅力的な空間が広がっていました。

一浪目に通っていた予備校とのあまりの差に、

カルチャーショックを受けました。

そして、私が入塾を決めたきっかけが‘〝食事〟でした。

ミスターステップアップの食事は

ごはんが輝いていて、

作る人の愛情が込められているのを感じることができました。

さらに、

愛情が込められたメインの料理に加えて、

ごはんとお味噌汁がおかわり自由だったのです!

いつも決断するのに時間がかかっていた私でしたが、

家に帰るとすぐに、

「ミスターステップアップに行きたい!!」

と両親に訴えました。

そして、二浪目に、

ミスターステップアップに入塾することができました。

人と関わるのが苦手だった僕が、

初めて心を開ける大人に出会えた

ミスターステップアップでは、

〝受験は心理戦〟ということを大切にしています。

正直に言うと、恥ずかしいのですが、

私が弓場さんに初めてした相談が、

「カラスが自分のことを馬鹿にしてきてると思うんです。」

といった内容でした。

今思えば、どうってことない悩みまで、

しっかり聞いてくださいました。

また、最初は人と関わるのが怖いと思っていましたが、

徐々にいろんなスタッフの方と食事の席で、自分の趣味から英語の話まで

色々お話をするうちに、

自分の話を聞いてもらえている安心感から、

「あ、ここの人ええ人やな」

と、次第に心を開くようになりました。

そして、二浪目の3月。

立命館大学の理工学部と、鳥取大学の工学部を受験し

〝合格〟の2文字を勝ち取ることができました。

二浪目を終えて見えた、自分の逃げ癖。

先生方のおかげで乗り越えられた三浪目

でも、、。

全ての試験の合格発表が終わったとき、

私は思いました。

「もっと講師の先生と本音でぶつかるべきだった。」

「こんなに素晴らしい講師がいたのに、

普段から講師の感覚を取り入れようと、努力しなかったのはなぜだ?」

と。

私は村田先生に直訴しました。

「もう1年、やらせてください。」

「ここでもう1年受験勉強したいんです!」

色々その後、

何度も話に行きましたが、

村田先生は、

「せっかくもう一年やるのなら、

自分の弱点と徹底的に向き合うためにも、

限界突破コースにしてみたらいいんじゃないか?」

とおっしゃいました。

ただ、限界突破コースは、

今まで私が20年間、

逃げてきたことと向き合うコースでした。

それは、

「人の意見、アドバイスを聞いて、

それを素直に実行すること」

私には重要なところで〝逃げ癖〟があり、

「いや~、それはやる時間がなかった。

できなかったんですよ、、、。」

と言って、逃げる傾向があることを見抜かれていたのでした。

実際、二浪目の時の私は、

講師の先生の言うことを全く聞かず、

〝自己流〟の勉強法をしており、

講師の先生との感覚のすり合わせが全くできていませんでした。

なので、セルフレクチャーもやり方が間違っているうえに、

教材の反復ができていないという状態になっていました。

また、塾には、受験勉強だけに集中できる環境が

整っていたのにもかかわらず、

私はその環境に見合った努力をしていませんでした。

三浪目に限界突破コースで再入塾してからも、

特に講師のけいさんには何度も繰り返し、

「朝9時までに来よう!

勉強するときは理科から始めよう!」

と言っていただきました。

しかし、私は英語が好きだからという理由で

英語から始めたり、

9時に来いと言われているのに、

「8時半までに起きて足湯してから、、、

9時ちょっとすぎても大丈夫かな、、、」

と、自分のコンディションを優先して、

講師のアドバイスに従っていませんでした。

そのため、物理と化学の勉強がおろそかになってしまい、

共通テストでは理科が6割くらいしか取れませんでした。

私は、自分がいかに愚かであったかを

その時に知りました。

「なぜ人の言うことが聞けないんだ!!!」

後悔とともに、

講師の言うことを聞かないことに対し

強い憤りを感じた私は、

とっさに今までコツコツ書いてきた合格手帳を

真っ二つに引き裂きました。

その時に、

「こんな自分は嫌だ!」

「せめて、残りわずかな時間だけでも自分を変えたい!」

と、思いました。

村田先生に、

「自覚はしているけれども、

人の言うことが聞けてないです、、、。

大学の過去問を解いても

理科が3割くらいしかできません、、、。」

と、相談したところ、

「毎日、夜に手帳を見せにきて」

と言われたので、

その日以降は毎日夜に、

村田先生のところに手帳を見せに行きました。

さらに、

「時間はかかるけれども、

バイブル本と自分が受験する大学の、

過去問の問題を照らし合わせてみるといいよ。」

と言われたので、

村田先生に言われたとおり、

多い時には夜の12時近くまで塾に残って、

ひたすらバイブル本と過去問を照らし合わせて勉強しました。

そのおかげで、

中期の試験の時は苦手な化学で、バイブル本と同じ問題が出され、

無事、合格することができました。

その時に、

アドバイス通りに勉強していくことが、

いかに自分に合っていたかを知りました。

それでも試験に向けて勉強している最中に、

しかも受験まであと数日といったときに、

「もう一浪してもっといいところに行きたいな。」

といった具合に、私の心の中で、

「受験から逃げたい」

「早く楽になりたい」

といった気持ちが邪魔してきて、

目の前の問題に集中できないということがありました。

しかし、そんな妄念妄想がわいてきたときには、

弓場さんのところに行って

「受験もうやめたいです、、、。」と

思っていることを言って、

弓場さんに、

自分のだらしないところをバッサリと切り落としてもらいました。

また、前期試験で不合格となり、意気消沈としている中、

後期試験の前日まで、

「もう一浪したいです。。。」

という逃げの言葉を村田先生などに相談して、

「俺はその話、聞かへんからな。

今年で受験終わらせるっていう約束破ってええんか?」

と、最後まで受験を走りきるように、熱く叱って頂きました。

村田先生は、

ただ一方的に怒るのではなく、

その言葉一つ一つに重みがあって、

私は村田先生の〝喝〟のおかげで合格できたと思っています。

そして、講師のけいさんにも、

毎日自分のだらしない手帳を見ていただいて、

本当に感謝しています。

逆転合格することができて、

本当に良かったです。

大学に入ってからも、

ここで学んだことを忘れず、

「目の前のことに集中したらいいよ」

という講師のけいさんのアドバイスを胸に、

がんばろうと思います。

少し話はずれますが、

塾の近くにある〝東公園〟は、広々として自然豊かなうえに、

ボランティアの方などが清掃をしているのを

何度か見かけたことがあります。

私にとって、とても落ち着ける場所で、

毎日英語の勉強をここでしていました。

もし入塾することがあれば、

ぜひ東公園に行ってみてください!

こんなダメダメな男でしたが、

熱く〝愛〟を注いでくれたミスターステップアップの方々、

そして両親をはじめ、全ての方々に感謝します。

本当にありがとうございました。