人が酸素を取りつづけないと生きていけないのはなぜ?

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武田 康

武田 康

東大大学院卒。大学院時代は世界レベルの研究に従事する。化学の鬼才。長年、大手予備校で理系科目の指導を歴任。塾生からは「雑談したらIQが上がった」、「3時間の授業で偏差値が10上がった」という体験が続出する。南極老人いわく「彼のどこまでも深い愛情と忍耐による面倒見の良さは、塾生の一生の宝となるだろう」。

こんにちは、やっしです。

先日、通信生からの質問をいただきました。

通信コース生に配信しているラジオでお答えしたものを、こちらでも公開していきます。

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弓場:通信生の女の子からの質問です。

「普段、コロナでマスクを付けないといけなくなりましたが、どうしても酸欠気味になって苦しいなと思います。ふと思ったのですが、人間やその他の哺乳類は、どうして、ずっと空気を取り入れていかないと生きていけないのでしょうか? 酸素が必要なら、体の中に貯蓄しておけばいいのに、と思うのです。教えてください」

確かに、酸素を貯蓄しておくなんて、オモシロイ発想ですね! 私も、なぜ、貯蓄できないか考えてみました。理由は、「酸素は水に溶けにくい物質だから、溜めておけないのかな」と思ったのですが、武田先生、どうでしょう?

武田康(以下、やっし):そもそも酸素って「毒」ですよ。だって、酸化反応したら、生物はどうなりますか?  「錆びる」って、言いませんか?

弓場:確かに。「酸化」は、「老化」のことやって、習いました。

やっし:だから、高濃度酸素にさらすと、酸化反応が進みすぎて危険なんですよ。たとえば、「高濃度酸素カプセル」っていう治療法、聞いたことありませんか。たとえば、脳梗塞のリハビリですね。「高濃度酸素カプセル」の中に入って、血管新生を促す、というもの。

少し前は、甲子園で連投しているピッチャーが、疲労回復のために「高濃度酸素カプセル」を利用していたことがありましたね。でも最近では、これを高野連がドーピングだと指定するようになり、今はもう使ってないですけどね。

弓場:どう危険なんですか??

やっし:かつて、カプセルの中に入った人が、肌着が摩擦電気でスパークしてしまい、そのまま焼死されるという痛ましい事故があったんです。まれな例ではありますが、やはり注意は必要。酸素が濃い状況って、それぐらいリスクが高いってことです。だから、酸素を蓄えるとなると、危ないんじゃないかって気がしますね。

弓場:酸素にはそんなリスクがあるのですね。では、酸素を作るときに必要な物質って何でたっけ?

やっし:過酸化水素分解とか塩素酸カリウムの熱分解ですね。あれ火薬の反応ですから、危険ですね。

弓場:じゃあ植物は安全なプロセスをつくって、その酸素を取り入れて生きているってこと?

やっし:安全なプロセスかどうかはあやふやで、嫌気性生物からすると、「何すんねーん!」って怒ってくる。酸素を作り出すシアノバクテリアの拡大に伴って、ほとんどの嫌気性生物はいったん絶滅しかけたんだ。

嫌気性生物(けんきせいせいぶつ)とは?

増殖に酸素を必要としない生物。ほとんどの嫌気性生物は細菌。代表的なものは、嫌気性バクテリアとよばれるもので、酸素のない地中や海中などに生息する。

好気性生物(こうきせいせいぶつ)とは?

酸素を利用した代謝機構を備えた生物。細胞の呼吸で知られた過程の中で、好気性菌は、たとえば糖や脂質のような基質を酸化してエネルギーを得るために酸素を利用する。

弓場:最初は完全に危険物質だったんですね。

やっし:そう。そこに好気性のミトコンドリアの元祖みたいなのが来た。そこで「酸素もらえてラッキー♪」って共生して、「一緒にやっていこう!」となった。あくまでも好気性はミトコンドリアだけで、他のオルガネラは全部嫌気性です。※オルガネラ=器官, 細胞小器官

つまり、生物にとっての酸素って、ミトコンドリアに「あなたが扱ってよ」って全託するほどの危険物であった……という気がしますね。

弓場:酸素って、本当に生物にとって毒でしかなかったのですねー。

やっし:葉緑体のほうからしても、酸素は単に廃棄物ですから。水から水素イオン、プロトンをとったら、余るのが酸素。「これ(O2)要らん要らん。捨てろ」って捨てていったら、大気中の酸素の濃度が20%まで増えた。※プロトン=陽子のこと

弓場:大気中に20%まで増えちゃったのか……

やっし:だったらミトコンドリアは、「じゃあ私のところで使いますわ。任せてください。私らエキスパートですから!」ってね。比喩でいうと、人類でいう原子力を利用するリスクを負っているのと同じだ、っていう気がしないでもないですね。

弓場:「自分にとって危険な物質を味方につける」という歴史を負ってきているという、生物の歴史が既にあったのですね。

では、マスクをつけると苦しくなるのは、もう諦めるしかないのですか?

やっし:マスクって、考えようによってはメリットもあるんですよ。例えば、乾燥で喉がガサガサしてしまうような時に、マスクをつけると口の周りがしっとりします。乾燥しにくくなるんです。

弓場:それはありがたいですね!

やっし:苦しくなることがあっても、たいていマスクのせいではないですね。皆、試験のせいでパニクってるだけの話です。パニクったら誰でも呼吸浅くなるでしょ? 深く呼吸したかったら、ゆ〜っくり吐いてみな。ゆっくり吸えるから。あわてて吐いているから過換気気味になっているだけじゃないかって、思いますね。

弓場:前かがみの姿勢にもなるし。慌てると呼吸も浅くなるし。

やっし:深い呼吸をしようと思ったら8秒〜10秒かけて吐くことが先。そのためには、口をトンガらさないと息が続かないんですよ。口をトンガらがして呼吸しようと思ったら、周りの目が気になってイヤだって人も、マスクの中だったらバレないでしょ。口をトンガらせて、ゆーっくり吐いて、ゆっくり吸ってって、穏やかな呼吸をしていたら、パニック状態は自然と落ち着いてくる。そうすると呼吸のリズムが穏やかになって集中しやすくなるし、実力発揮率も上がりますね。

弓場:なんと! マスクという敵を味方につける方法があったとは!

やっし:そう考えたら、マスクって好都合でしょ? デメリットに思えるようなもの(マスク)を、「よし、これを有効活用して、いい成果につなげるぞ!」って考えるのが、クリエイティブな姿勢だと思いますね。

弓場:試験会場など人が多いところでは酸素が薄くなって酸欠になる、という人もいますが?

やっし:そこまで酸素濃度が低くなる、なんてことはまずナイですよ。

弓場:やっぱり? 隙間風もあるし、そこまで薄くなりませんよね。呼吸の仕方に問題があるのですよね。

やっし:呼吸が浅くなってるんです。いわゆる過呼吸とか過換気ってやつです。やたらと吐いてばっかりだと、二酸化炭素濃度が下がりすぎて血漿のpHが上がっちゃう、というアルカローシスっていう状況に近づいてるのでしょう。

そんな時は、生命の危機に達するということもないとは言えませんので、注意が要りますね。なので、マスクの中でゆっくり吐く。そして、静かにかかと上げ、つま先上げ、かかと上げ、つま先上げって、やるといいですね。

弓場:足の体操ですね。

やっし:リズムとりながらふくらはぎを動かして、ポンプで血を巡らして、「あ〜、つま先温かいい〜、呼吸も落ち着いてきた〜」ってなったら、しぜんと「よし、あとは実力を出すだけや! よっしゃ、どこからでもかかって来いや」って気持ちになりますよ。

弓場:そういう状態で一日を過ごせたら、後からどっと疲れたりしなさそう!

やっし:「苦しい」とか、「お腹が……」とか、「考えられない!」ってなるのは、気持ちが慌ててるから。 おれみたいにね、ちょっと寝るくらいの余裕がないとね。

弓場:東大入試で寝る人って、やっしだけだと思いますよ!(笑) 

通信生のみんなも、マスクを怖れるなかれ。この話を参考にいい受験をしていきましょう!