みなさん、こんにちは
卒塾生のたつきです。
朝方に薄っすらと見える月を
「残月」
と古くから呼びますよね。
残月の別名として、
「有明の月(ありあけのつき)」
や
「残の月(のこんのつき)」
があることはご存知でしょうか?
あるひとつの風景を見て、感じては、
さまざまな言葉でその事象を表す
表現力と奥ゆかしさに
いつも胸を打たれます。
たまーに、
お昼ごろにも見える月がありますよね。
それは、「残月」とは呼ばないんです。
では、なんと呼ぶと思いますか?
(こんな感じ‼️)
こちらは、
「白夜月(はくやづき)」
と呼ぶそうです。
秋の季語ですね。
そんな、雲がゆらゆらと流れていく同時刻、
ミスターステップアップ(以下、塾)では、
映画を見る会が行われておりました。
「大学受験塾なのに、映画…?」
そんな声が聞こえてきそうですね。
単に映画鑑賞を楽しんで、
「わー!楽しかったね〜!」
で終わらないのが、
塾の映画の会。
映画を見終えたあと、
講師が本編の内容と古典などを繋げて、
受験勉強において大切な考え方や
現代文の背景知識などを
身につけることができます。
(映画の会の詳細はコチラから
⬇️
映画を観る受験塾!?ミスターステップアップが「映画の会」をおこなう理由とは?)
さて、
本日見た映画は
「アルジャーノンに花束を」
名作中の名作ですね。
*
32歳になっても幼児なみの知能しかないチャーリイ・ゴードン。
そんな彼に夢のような話が舞いこんだ。
大学の先生が頭をよくしてくれるというのだ。
これにとびついた彼は、
白ネズミのアルジャーノンを競争相手に検査を受ける。
やがて手術によりチャーリイの知能は向上していく……
天才に変貌した青年が愛や憎しみ、
喜びや孤独を通して知る人の心の真実とは?
全世界が涙した不朽の名作。
著者追悼の訳者あとがきを付した新版
ハヤカワ文庫NV あらすじより
*
この映画を通して描かれていたのは、
「賢くなることと引き換えに、人は何を犠牲にするのか?」
でした。
上映後の解説では、
最初に村田先生から「知・情・意」について話され、
知能だけが発達し、
心(感性)を失っていった
シャルルの人生について振り返りました。
能力だけを追い求めるような
間違った受験をしてしまうと、
誤った道へ進みかねないこと。
その危うさについて、
憩さんが早稲田生時代の
学歴マウントの例を挙げて
お話しさせていただきました。
また、映画版の終盤は、
原作の小説よりも説明が少なく、
どこか暗い印象を残します。
そこで、ゆかさんからは、
原作小説の手記において、
シャルル(原作ではチャーリー)が
どんな思いを書き留めたのか?
経験の末に何を得たのか?
について話されました。
最後は、よなたん・あべさんからのクロージングです。
シャルルの根底にあった
「賢くなったら愛される」
という愛情欲求を紐解き、
彼が自分の意志で人生を選択したことで
何が変わったのか。
愛された記憶は最後まで残ったこと。
目の前の「合格」よりも、
もっと遠い未来を思い描いて、
将来、誰かを愛して生きるために、
受験へと向かっていこう。
そんなメッセージとともに、
今回の映画の会を締めくくられました。
*
みなさん、どう思いましたか。
僕も映画の解説を聞いていると
「そんな見方ができるのか!」
と驚きの連続でした。
受験勉強は
ややもすると苦しみの連続です。
「これが解けない!」
「この分野が苦手、嫌い」
「解き直しても間違えてしまうなんて、わたしは…」
できないことと葛藤して、
向き合って、
乗り越えていくことが
ある種、美化される世の中で、
失うものがある。
どうして失ってしまうのか。
マイナスな思いを持った状態で、
抑圧して勉強していくと、
自分が少しづつ歪んできます。
熱さ(人生に対する)
明るさ(自分の心の)
あたたかみ
そういう自分を抑圧して、
仮面を被って人と関わって、
生きていく。
賢くなる代わりに、
人として大切なものを
犠牲にして。
果たしてそれで良いのか?
映画の会で最後に話されたメッセージ。
目の前の「合格」よりも、
もっと遠い未来を思い描いて、
将来、誰かを愛して生きるために、
受験へと向かっていこう。
大阪府 枚方市 樟葉の地で
美味しい紅茶をご用意して
お待ちしております。
卒塾生 たつき








